つながれー野生のカタリ@忘日舎 2019.03.30
本イベントは終了。
その模様の一部の映像はここにあります。
これは、これからの野生会議99のテーマソングの
一つになるであろう「サガレンと八月」!
(原作:宮沢賢治 節付け&カタリ:野生の八太夫)
サガレンと八月 宮沢賢治
「何の用でここへ来たの、何かしらべに来たの、何かしらべに来たの。」
西の山地から吹ふいて来たまだ少しつめたい風が私の見すぼらしい黄いろの上着をぱたぱたかすめながら何べんも通って行きました。
「おれは内地の農林学校の助手だよ、だから標本を集めに来たんだい。」
私はだんだん雲の消えて青ぞらの出て来る空を見ながら、威張ってそう云いましたらもうその風は海の青い暗い波の上に行っていていまの返事も聞かないようあとからあとから別の風が来て勝手に叫んで行きました。
「何の用でここへ来たの、何かしらべに来たの、しらべに来たの、何かしらべに来たの。」もう相手にならないと思いながら私はだまって海の方を見ていましたら風は親切にまた叫ぶのでした。
「何してるの、何を考えてるの、何か見ているの、何かしらべに来たの。」
私はそこでとうとうまた言ってしまいました。
「そんなにどんどん行っちまわないでせっかくひとへ物を訊いたらしばらく返事を待っていたらいいじゃないか。」
けれどもそれもまた風がみんな一語ずつ切れ切れに持って行ってしまいました。もうほんとうにだめなやつだ、はなしにもなんにもなったもんじゃない、と私がぷいっと歩き出そうとしたときでした。向こうの海が孔雀石いろと暗い藍いろと縞になっているその堺のあたりでどうもすきとおった風どもが波のために少しゆれながらぐるっと集まって私からとって行ったきれぎれの語を丁度ぼろぼろになった地図を組み合せる時のように息をこらしてじっと見つめながらいろいろにはぎ合せているのをちらっと私は見ました。
また私はそこから風どもが送ってよこした安心のような気持も感じて受け取とりました。そしたら丁度あしもとの砂に小さな白い貝殻に円い小さな孔があいて落ちているのを見ました。つめたがいにやられたのだな朝からこんないい標本がとれるならひるすぎは十字狐だってとれるにちがいないと私は思いながらそれを拾って雑嚢に入れたのでした。そしたら俄かに波の音が強くなってそれは斯う云ったように聞こえました。
「貝殻なんぞ何にするんだ。そんな小さな貝殻なんど何にするんだ、何にするんだ。」
「おれは学校の助手だからさ。」
私はついまたつりこまれてどなりました。するとすぐ私の足もとから引いて行った潮水はまた巻き返して波になってさっとしぶきをあげながらまた叫びました。
「何にするんだ、何にするんだ、貝殻なんぞ何にするんだ。」
私はむっとしてしまいました。
「あんまり訳がわからないな、ものと云うものはそんなに何でもかでも何かにしなけぁいけないもんじゃないんだよ。そんなことおれよりおまえたちがもっとよくわかってそうなもんじゃないか。」
すると波なみはすこしたじろいだようにからっぽな音をたててからぶつぶつ呟くように答えました。
「おれはまた、おまえたちならきっと何かにしなけぁ済まないものと思ってたんだ。」
私はどきっとして顔を赤くしてあたりを見まわしました。
ほんとうにその返事は謙遜な申し訳のような調子でしたけれども私はまるで立っても居てもいられないように思いました。
そしてそれっきり浪はもう別のことばで何べんも巻いて来ては砂をたててさびしく濁り、砂を滑らかな鏡のようにして引いて行っては一きれの海藻をただよわせたのです。
そして、ほんとうに、こんなオホーツク海のなぎさに座って乾いて飛んで来る砂やはまなすのいい匂いを送って来る風のきれぎれのものがたりを聴いているとほんとうに不思議な気持がするのでした。それも風が私にはなしたのか私が風にはなしたのかあとはもうさっぱりわかりません。またそれらのはなしが金字の厚い何冊もの百科辞典にあるようなしっかりしたつかまえどこのあるものかそれとも風や波といっしょに次から次と移って消えて行くものかそれも私にはわかりません。ただそこから風や草穂のいい性質があなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません。
(語りは、ここまで)
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